【NEW RELEASE】Boxset Ở MỘT GÓC NHÂN GIAN & PHỐ CHIỀU LẶNG GIÓ MÊNH MANG ANH ĐÀO, @konosekai_movieのツイート(1022196726982008832), https://web.archive.org/web/20170112114710/http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=64041, 写真特集「この世界の片隅に」舞台を巡る 「朝日遊郭」の通り。入り口には遊郭の門柱が建つ, 2 富国 強兵 とひろしま~軍港 呉 - 郷土ひろしまの歴史 II - 広島県ホームページ, 写真特集「この世界の片隅に」舞台を巡る 終戦後の1945(昭和20)年10月に撮影された呉軍港全景, 1F B.大型資料展示室 | 館内案内 | 大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館), 米軍空襲映像:呉の空母「天城」爆撃など11本30分公開 米軍機に空襲され煙をあげる広島県呉市の広海軍工廠付近- 毎日新聞, https://web.archive.org/web/20170114101301/http://konosekai.jp/production-note/, 写真特集「この世界の片隅に」舞台を巡る 原爆投下前の広島県産業奨励館、現在の原爆ドーム, http://animation-nerima.jp/topics/feature/vol07/, “アニメ映画版「この世界の片隅に」製作委員会が異例の告知 放送中ドラマ版に「一切関知しておりません」”, http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1807/24/news102.html, “周作(松坂桃李)、不機嫌に…深まるすず(松本穂香)との溝「この世界の片隅に」〈第5話あらすじ〉”, https://mantan-web.jp/article/20180603dog00m200031000c.html, https://www.oricon.co.jp/news/2116911/full/, https://www.hochi.co.jp/entertainment/20180918-OHT1T50046.html, http://www.oricon.co.jp/news/2092689/full/, 「この世界の片隅に」監督・片渕須直インタビュー 調べるだけではだめだ、体験しないと!, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=この世界の片隅に&oldid=80350256, この項目では、漫画作品について説明しています。この漫画を原作としたアニメーション映画については「, 22日、円太郎が呉の病院に入院しているとの電報が届き、すずと晴美がお見舞いに行っていた時に空襲に遭う。この時に時限式爆弾により晴美は命を落とし、すずも右手を失う。, 1日、B-29約100機、夜半より翌2日早朝にかけて呉市を空襲、市街の大半を消失(, すずと刈谷、服を交換しに行く。帰り道に着底した青葉を見つめる哲を発見するも声をかけずに立ち去る。, TBS系 日曜劇場「この世界の片隅に」オリジナル・サウンドトラック(2018年8月29日、, ピアノミニアルバム TBS系 日曜劇場「この世界の片隅に」<公式楽譜集>(2018年9月8日、. 監督:片渕須直、原作:こうの史代、音楽:コトリンゴ、制作:MAPPA 声の出演:のん 細谷佳正 稲葉菜月 尾身美詞 小野大輔 潘めぐみ 岩井七世 / 澁谷天外 ほか。Blu-ray & DVD好評発売中! 劇場用長編アニメ「この世界の片隅に」の公式サイトです。日本中の思いが結集! こうの史代先生『この世界の片隅に』インタビュー 祝!劇場アニメ化正式決定!! 町内で兵隊の出征におめでとうと言わなきゃいけない強制や、春美の死を悲しむことさえ出来ないような、戦争のために尽くさねばならない空気感が。 しかし、すずは、こういう日を待っていたかもしれないが、水原の気持ちには答えられないという。こういう日とは何か。 結婚したいと、会� 『この世界の片隅に』5話で水原哲がすずを訪ねて北條家にやってきます。 軍艦に乗っている水原は迫り来る戦争で自分の死を覚悟し想いを寄せていたすずに会いに来たのです。 水原の『いよいよ次が最期かの・・・。』というセリフがすずとの別れを物語っていました。 ©Copyright2020 BELLAS HIGH.All Rights Reserved. 『この世界の片隅に』(このせかいのかたすみに)は、こうの史代による日本の漫画である。『漫画アクション』(双葉社)にて2007年1月23日号 - 2009年1月20日号まで連載された。単行本は、同社より2008年から2009年に上・中・下巻の形式と、2011年に前編・後編の形式で発売された(書誌情報参照)。, 2016年11月12日には、片渕須直監督による同名の劇場アニメーション映画が全国公開された。, こうの史代の出世作となった『夕凪の街 桜の国』(2004年)に続いて「戦争と広島」をテーマに描いた作品である(ただし『夕凪の街 桜の国』と異なり、主要な舞台は広島市ではなく近隣の軍港・呉に設定されている)。本来原爆を語るような立場ではないにもかかわらず『夕凪の街 桜の国』により「原爆作家」と見られることに抵抗を感じた作者は、「原爆以外の死、戦争全体にもう1回向き合わなければバランスが取れない」との思いにより、次作として激しい空襲を受けた広島県の軍都・呉を舞台に戦争の全体像を描いた本作に着手する[2]。単行本下巻のあとがきでは、作者自身が「『誰もかれも』の『死』の数で悲劇の重さを量らねばならぬ『戦災もの』を、どうもうまく理解出来ていない」ことを背景として、作品を描く中で、「そこ(戦時中)にだって幾つも転がっていた筈の『誰か』の『生』の悲しみやきらめきを知ろうとしました」と記している[3]。, 2006年初めから翌2007年初めにかけて発表した戦前期(1930年代)の広島を描いた3編の読み切り短編作品『冬の記憶』『大潮の頃』『波のうさぎ』(いずれも主人公・浦野すずの幼少時がテーマとなっている)に続いて、『漫画アクション』誌上に本作の連載が開始されることになり、2008年1月にはコミックス単行本(上巻)が刊行された。こうのにとっては通算7本目の単行本化作品となる。単行本の累計発行部数は130万部を突破した[4]。, 本作品のストーリー本編は1943年(昭和18年)12月、すずが周作と出会い翌年2月に2人が祝言を挙げるところから始まるが、コミックス化に際して上記の3編も本編のプロローグ部分として上巻に同時収録された(目次の配列はストーリー上の時系列に沿っている)。初出掲載時とコミックスでは、各回ごとに(「18年12月」というように)昭和元号により舞台となる時期(年・月)を示すサブタイトルが付されている(ただしプロローグの3編については初出時に時期設定が明示されていなかったため、コミックス収録時に新たに付された)。また、初出掲載時は「昭和」と「平成」の元号を介して年月が一致するように連載されていた(例:作中が昭和20年3月の場合、平成20年3月発行の誌上に掲載)[5]。, 翻訳されて、英語版『In This Corner of the World』、フランス語版『Dans un recoin de ce monde』、スペイン語版『En Este Rincón Del Mundo』、ドイツ語版『In this corner of the world』、韓国語版『이 세상의 한구석에』、台湾版『謝謝你, 在這世界的一隅找到我』、ベトナム語版『Ở một góc nhân gian』[6]、イタリア語版『In questo Angolo di Mondo』が刊行されている。, 昭和9年(1934年)1月、広島市江波で少女時代を過ごした浦野すずは、想像力が豊かで絵を描くのが上手く、自分が体験した出来事を、虚実の入り交じった漫画のような作り話にしてしまう才能の持ち主。小学生のすずは海苔を届けるお使いで中島本町に行く途中、「ばけもん」にさらわれる。すずは、ばけもんの背中の籠の中で見知らぬ少年・周作と出会う。すずは機転をきかせ、ばけもんを眠らせて周作と逃げ出す。それは夢とも現実ともつかない出来事だった。, 昭和10年(1935年)8月、すず一家は、草津の祖母の家を訪ねる。すずが昼寝から目を覚ますと、天井裏から降りてきた見知らぬ少女がすず達が食べ終わった後のすいかの皮を手に取っていた。すずは新しいすいかを持ってくるが、少女の姿は消えていた。兄の要一は座敷童子を見たのではないかと言う。, 昭和13年(1938年)2月、すずは同じ組の乱暴者・水原哲に鉛筆を取り上げられ床下に落とされてしまう。放課後、海難事故で兄を亡くし、荒れた家に帰りたくないという理由で課題の絵を描かず海辺に座り込んでいた哲を見つけたすずは、彼に代わって絵を描いてやる。, 太平洋戦争中の1943年(昭和18年)12月、18歳の浦野すずが草津の祖母の家で海苔すきの手伝いをしていると、突然縁談の知らせがくる。急ぎ帰宅したすずが覗き見たのは、呉から来た北條周作という青年だった。翌年2月、呉の北條家でささやかな結婚式が挙げられ、すずの新しい生活がはじまる。すずは周作とどこかで会った気がするが思い出せない。傍目には不器用で、いつもぼんやりしていて危なっかしく見えるすずは、北條家で失敗を繰り広げては、小姑の黒村径子に小言を言われる毎日を過ごすが、径子の娘である姪の黒村晴美には懐かれる。戦時下で物資が不足し、配給も乏しくなる一方、すずは持ち前のユーモアと生活の知恵で、食料に乏しい日々を乗り切り、次第に北條家やその近所の人々に受け入れられていく。, ある日、すずは闇市からの帰り道、迷い込んだ遊郭地で遊女の白木リンと知り合い友達のような間柄になる。すずは、栄養不足が原因でなかなか子供ができないことが判明し悩むが、リンの「この世界に居場所はそうそう無うなりゃせん」という言葉に救われる。だが、すずは幾つかの断片的な状況から彼女が周作の元恋人であったことに勘づき、複雑な思いを抱えることになる。そんなすずの元に、ある日かつて互いに憎からず想う相手だった幼馴染・水原哲が訪れる。水原との再会によって、すずは自分の心が既に周作に向いていることを改めて自覚すると共に、余計な気を回して水原と自分を引き合わせようとした周作に対して疑念を深める。すずは遊郭までリンに会いに行くが会えず、討ち入りと勘違いされて追い返されそうになるものの、対応してくれた病床の遊女テルを得意の絵で励ます。後日、すずは桜の花見で再会したリンから、テルはあの直後に亡くなったと聞かされる。リンはすずに、秘密を他人に知られることなく独り占めにして死ぬのも一種の贅沢だ、という旨の死生観を語る。, やがて日本の戦況が劣勢になり、軍港の街である呉は1945年(昭和20年)3月19日を境に、頻繁に空襲を受けるようになる。それでも戦時下の日常を明るく過ごそうとするすずだったが、同年6月22日の空襲で、通常爆弾に混ぜて投下されていた時限爆弾(地雷弾[7])の爆発によって目の前で晴美を亡くし、自らも右手を失ってしまう。意識が戻ったすずは、晴美を守れなかったことを径子に責められる。同年7月1日の空襲では呉市街地が焼け野原となり、郊外にある北條家にも焼夷弾が落下する。見舞いにきた妹のすみは、江波のお祭りが行われる8月6日に広島の実家に帰ってくるように誘う。すずはすみと軽口を叩き合いながらも、人の死が日常となったこの世界に順応しつつある自分こそが歪んでいるのだという思いを抱き、世界が左手で描いた漫画のように歪んでいると独白する[注釈 1]。周作との間柄もリンに対する嫉妬でぎくしゃくしており、北條家での居場所を失いつつあったすずは、機銃掃射から守ってくれた周作に、広島に帰ると訴える。8月6日の朝、病院の予約があるという理由で帰郷を遅らせたすずは、径子と和解して翻意し、北條家に残ることを決意する。結果としてすずは、その日に広島市へと投下された原子爆弾による被爆を免れるが、爆心地から約20キロメートル離れた北條家でも閃光と衝撃波が響き、故郷の広島方面から立ち上る巨大な雲を目撃する。, 8月15日、ラジオで終戦の詔勅を聞いたすずは、一億玉砕の覚悟とは何だったのかと激昂して家を飛び出す。裏山の畑からふもとに太極旗がひるがえるのを見たすずは、それまで正義の戦争と信じていたものの正体が、ただの暴力に過ぎなかったことに思い至り、「何も知らないまま死にたかった」と独白し泣き崩れる。, 11月、すずは周作の案内で呉の市街地に出かけ、かつてリンのいた遊郭が空襲によって跡形もなく破壊されているのを目の当たりにし、秘密ではなくなってしまった夫とリンとの関係とその過去に想像を巡らせる。12月、すずは呉の軍港で、軍艦が好きだった晴美が死の直前に覗き見ようとした先に、水原の乗艦であった軍艦(重巡洋艦青葉)が大破着底しているのと、その傍に佇む水原を見かけるが、話しかけることなく去り、自分がこの世界でもう会えない人たちの記憶の器として在り続けるという決意をする。, 翌年1月、すずはようやく広島市内に入り、草津にある祖母の家に身を寄せていたすみと再会。すずの両親は既に亡くなっており、すみには原爆症の症状が出ていたが、すずは治らなければおかしいと彼女を励ました。, 焼け野原となった広島市内で、すずは周作にこの世界の片隅で自分を見つけてくれたことへの感謝を述べる。そこへ戦災孤児の少女が現れ、すずに縋って離れなくなった。二人は少女を連れて呉の北條家に戻る。空襲に怯える必要がなくなった呉の夜には街の灯りが戻っていた。, 登場人物の名前の多くは元素名に由来し、周期表を参考に命名された[10]。また、監督である片渕や主演ののんといった関係者やファンからは敬称付けで呼ばれることが殆どであり[11](例:すず=すずさん、すみ=すみちゃん)、ファンの間では暗黙の了解で半ば常識化している。, ここでは1944年頃までの状況を述べる。なお斜体部分は物語上の設定に関する記述である。, 原作の各話サブタイトルは、各話のできごとが起こった日付で表される体裁になっており、また前述のように、雑誌掲載時の年月が作中の年月と一致するような仕掛けが施されている[5]。ただしこれらの日付は、2016年のアニメ映画版では整合性のために改めて見直され[35]、すずと周作の馴れ初めを描いた物語冒頭のできごとが、皇太子(連載当時の今上天皇であった第125代天皇明仁)誕生の祝賀ムードに包まれていたはずの「昭和9年1月」から、それより前の「昭和8年12月」へと変更されるなど[36][37]、年表の細部が異なっている。, 『終戦記念スペシャルドラマ この世界の片隅に』のタイトルで2011年8月5日21時 - 23時24分に日本テレビ系で放送された。主演は北川景子[45]。, TBS系の「日曜劇場」枠で2018年7月15日から9月16日まで毎週日曜日21時 - 21時54分に放送された。, 2018年3月20日に発売された『漫画アクション』7号の誌上で連続ドラマ化が発表された[46]。岡田惠和が脚本を担当し、約3,000人のオーディションの中から選ばれた松本穂香と松坂桃李が主演を務める[1]。, 撮影は、呉から大正15年築の古民家を移築した東京都内のスタジオ内のオープンセットに加え、広島や岡山にて5月上旬から9月上旬にかけて行われる[1]。, アニメ映画版について、クレジットにおいて「special thanks to 映画『この世界の片隅に』製作委員会」との表記を行ったのに対し、同委員会側は「当該ドラマの内容・表現等につき、映画に関する設定の提供を含め、一切関知しておりません」との発表を行った[48]。, 2016年11月12日より、本作品を原作とする劇場アニメーション映画が全国公開された。片渕須直監督、アニメーション制作MAPPA、東京テアトル配給。封切り日の公開館数は63館であったが、徐々に公開規模を拡大し、2017年1月22日時点で公開館数198館・興行収入15億円・動員数110万人を突破しているという[58]。第90回キネマ旬報ベスト・テン日本映画ベストワン及び監督賞、第71回毎日映画コンクール日本映画優秀賞・音楽賞・大藤信郎賞、第41回アヌシー国際アニメーション映画祭長編部門審査員賞(準グランプリ)[59]などを受賞している。, 映画版の関連書籍として、本作のノベライズ版も出版されている。詳細は「この世界の片隅に (映画)#書籍」を参照。, 公開後、上映館が順次増えていったことで日本国内のいずれかの劇場で上映され続け、2019年12月19日まで1133日に渡る日本のアニメ映画史上最長となるロングラン記録を打ち立てた[60]。翌20日には、追加シーンを加えた「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」が公開された。, 終戦特別番組で、作中と放送当時をリンクさせる構成を採った作品には、他に1980年10月10日に, “3つ星マンガ、「現代版サザエさん」に高評価 書店員が選ぶ「50年後も書店に並べたい1冊」 「夕凪の街桜の国」編集者が明かす誕生秘話”, https://style.nikkei.com/article/DGXZZO19087110Z21C10A1000000?channel=DF130120166059&page=9, https://www.oricon.co.jp/news/2114820/full/. 『この世界の片隅に』(このせかいのかたすみに)は、こうの史代による日本の漫画である。 『漫画アクション』(双葉社)にて2007年1月23日号 - 2009年1月20日号まで連載された。 単行本は、同社 … 「ふたば」は料亭の名前だが、リンの娼館も「二葉館」という。「ほんらいはアニの役目でしたが」とカタカナになっているのは、おそらく兄は病気ではなく、すずに役目を押しつけただけだと思われる。このまんがはカタカナで書かれたことばには、文脈から判断される意味とは別の意味も持たせている。, すずは発達障害で、船の上で正座するのも、だれにでも礼儀正しくするよう母親に言われていたからだろう。, 奉公先を脱走したリン。すずはだれにでも礼儀正しいが、奇行に見える。上巻32ページですずの祖母がリンの着物を修繕しているから、すずの着物の端切れだろう。, すずは優しい。このやさしさはすず本来の性格と、だれかれとなく接することができる発達障害の二つの由来がある。, 周作の母親が足を傷め、嫁をもらえと圧力がかかり、リンを連れてきたが反対され、「広島の浦野すずとなら結婚する」とかぐや姫みたいなことを言ったところ、本当に見つけ出されてやむを得ず結婚した。, 打ち水をしていたリンがすずに声を掛ける。字は読めないが絵ならわかる。首から小袋はさげていない。, すずが迷い込んだのは遊郭。すずは大人なのに迷子になるし、リンは大人なのに字が読めない。, このまんがでは手紙や郵便物が何度か描かれるが、すずの迷いを晴らし導くものとして描かれている。, もらった紙にすずに絵を描いてもらおうと思っている。リンは読み書きができないから、紙を持ち歩く意味はない。, 大人が通りすがりの人に絵を描いてほしいと頼むのが、どれだけ子供っぽくて恥ずかしいことかはリンも知っている。しかも自分は(読み書きができないから)鉛筆を持っていないことを告げなければならない。それでもようやくすずに声を掛けた。すずはあいすくりいむを知らなかったので、知っている自分はしあわせなのだと思った。, 中段のコマで、すずはここが遊郭だと理解した。またリンに会いに来るつもりで二葉館の名前を覚えた。, 遊郭から若い女が出てくるのはありえない絵面だが、とにかく出てきた。足取りからすずがとてもうれしいことがわかる。, リンはひらがなを読めないが、すずはそのことを馬鹿にしない。もっとも遊女と友だちになろうとする時点で奇行といえるが。, 周作が書いてくれた迷子札。死体になったときも身元がわかって便利。今日はリンは首から小袋をさげている。すずが絵を持ってきてくれたら入れるつもりだった。小袋の柄はすずの祖母の着物とおなじなので、作ってもらったのだろう。, リンは周作の名前なので「ホー」「ジョー」はすぐ読めるが、「スズ」はなかなか読めない。, すずの「………………」は、自分の絵を大事にしてくれるのを見て不妊のことを打ち明けたが、遊女に不妊の話をするのはとんちんかんだと気づいた。, 自己紹介の「ホー」「ジョー」と、すずが口にした周作の名前で、リンはすずが周作の妻だと感づいた。, リンは、文盲の遊女の自分がしあわせになれないのは当然だと思っているので、嫉妬もこの程度で、最後はすずへのはげましになる。, この世界というのは「あの世」ではない「この世」 のこと。すずにとっては居場所はそうそうなくならないかもしれないが、リンはそうではない。このまんがでは「片隅」は、原爆投下後の広島のように、あの世に近づいた場所のことだが、若い女性においてはとりわけ「好きな相手といっしょにいられないこと」であり、リンは片隅にいるが、すずに出会ったことで自分も居場所を見つけたと思い、こう言った。つまり、リンにとってすずは「好きな相手」で、二葉館はその愛というか恋の象徴。, リンは二葉館の二階からいつまでもすずを見送り、礼儀正しいすずは振り返っておじぎをした。リンの小袋にはすずの描いた絵と周作の書いた迷子札が入っており、その両方を抱きしめている。つまり、リンの周作への想いとすずへの想いはおなじくらいの大きさ。, 納屋の二階ですずがリンドウ柄の茶碗を見つけた。周作がリンにあげようとしたもの。小林さんが周作とリンの縁談をぶち壊した張本人だが、ある程度までは話がすすんでいたようだ。, すずが周作の破談相手がリンだと気づいた。竹は嫉妬心の象徴。すずはめちゃくちゃ嫉妬深い。すずはリンを見下さないかわりに、正面から張り合ってしまう。, すずに縁談が来たときの周作は知らない人だったので、リンの代用にされたと思った。それは事実である。自分はリンの代用品ではないと言えるためには魅力でリンに勝つ必要があるが、それは容易ではないので激しく嫉妬している。でも嫉妬深いのは本人の性格。, すずさんはたいへんに嫉妬深いのであるが、水原の手を美人声優のように両手で包んで恋心を伝えた。火のついたままのランプも恋の象徴。リンへの嫉妬が水原への恋に火をつけた。, すずは雪が降ったので遊ぶつもりで竹槍を持ってきていた。竹が嫉妬の象徴であることにはかわりはない。, すずさんは、リンにはお似合いの、茶碗の周作をくれてやるからそれで満足しろ、本物の周作は忘れろと言っている。テルにとっては茶碗はリンの象徴になっている。, こういう相手と心中できるテルの命はとても安いが、ことばどおりに解釈すれば、すずにとっての周作もあてはまる。, 思いやりと命の安さがいっしょになった感じだが、水兵が切羽詰まるのはそらそうだろうとしか言えない。, 暖い外地は……このまんがでは南国はあの世のイメージ。すずのスキンシップにより、テルとすぐ仲良くなった。, すずは自分のことを「後悔しているが、楽しい夢を見ている」と感じていて、夢のほうが本当の自分なら後悔しなくていいのに、と思っている。, 「後悔しているが、楽しい夢を見ている」から、周作とリンの関係を知って「楽しい夢」が覚め、後悔だけが残ってしまった。, 夢が覚めたのだから、後悔のほうを後悔でなくすしかない。そのためには水原に乗り換えるか、周作を選び直すかする必要がある。, すずがリンの代用品として周作に嫁いだのは事実であり、自分はリンの代用品ではないと言えるためには、21年1月「人待ちの街」のように周作がすずを選び直すか、魅力でリンに勝つかする必要がある。すずは魅力ではリンにかなわないと思っている。逆に言えば、すずはリンをそれだけ魅力的に感じており、水原に「べっぴんになったで」と言われても勝てる気がしないが、自分の恋の対象にはなる。, 茶碗をありがとうねと言われてすずが「………」となったのは、本当は周作を忘れてくれというつもりで渡したから。言ったあとに冷や汗もかいているのでウソをついたとわかる。テルがリンに, テルは肺炎を起こしたが医者に連れて行ってはもらえない。死体にならなければ遊郭からは出られない。左下コマはセリフでリンの涙を隠している。桜の花びらがリンの涙だから、本物の涙を描けない。, 戦時中でも化粧は女の身だしなみとされていたが、口紅のような華美なものは禁止され、手にも入りにくかった。, リンがすずに「早く死体になれ」と挑発している。リンの嫉妬はこれでおわり。死体を見たばかりのすずは発達障害なのでリンのことばをそのまま受け取って感謝した。テルの遺品の口紅はリンが持つべきものだが、テルが守れるよう、すずに渡した。, これは一般論ではなく、「人」はリンのこと。 リンは空爆から避難せずに死ぬつもりでいる。たったふたりの大事な人にしあわせになってほしいからと、自分は死体にならなければ遊郭から出られないから。「秘密」はすずがリンドウの茶碗を渡したこと。茶碗を受け取ったテルはもう死んでいる。「ゼイタク」にはそのままぜいたくと、不謹慎なぜいたくの二重の意味がある。円太郎が「ぜいたく敵じゃ」と言う。, 代用食はぜいたくではないから、ぜいたくとはすずが代用でない地位を手に入れること。「お茶碗」は周作のこと。秘密がなかったことになり、すずが自分専用の周作を手に入れるとしても、それはリンの死で贖うから不謹慎。, すずはリンの「居場所」だったのかもしれないが、すずのウソにより、それも消えてしまった。, これはテルの口紅。空襲が激しくなり、すずが死を覚悟し、美しく装って周作を送り出した。着物は竹。, 周作はここではじめてすずとリンが友だちだということを知る。リンはおそらくこの空襲で亡くなった。, すずの大切なもの、羽ペン、ノート、口紅。すずはリンへの嫉妬に苦しんでおり、水原を選んでおけばよかったと思っている。, 周作をはじめ北條家の人は、すずが広島に帰りたがるのは晴美のことを気に病み、家にいづらくなったからだと考えているが, 晴美のことか?と聞いてもすずは違うと言うので、周作はすずを好いているからいてほしいと言っている。, すずはそれでもかたくなに広島に帰るというので、周作にはすずが広島に帰りたがる理由がわからない。, 周作はすずとリンが友だちだということを知っているが、すずが水原を想い続けていることも、リンに激しく嫉妬していることも知らない。「絶対教えたらん」のは、すずを帰さないための切り札のつもり。, 「あの人」=白木リン。これを気にするのが「冴えん心」。すずはリンへの嫉妬に苦しみ、周作を選んだことを後悔し、広島で水原とやりなおしたがっている。「この期に及んでこの人を離せんとは」だから周作のことは好き。すずは自分がリンの代用品だと思い、嫉妬している。当初は事実だったが、このごろではそうではなくなっている。, リンのかあちゃんはすずのばあちゃんに似ている。かあちゃんが死んで?とうちゃんにリンが5円で売られた。豪邸で奉公する。, どういう経緯かはわからないが、遣り手に拾われる。遣り手はリンのかあちゃんやすずのばあちゃんに似ている。遣り手はリンを哀れにおもったのか、遊郭につれていく前に高級品のあいすくりいむを食べさせる。下段右はリンの最初の客、左は周作(童貞)。, 周作の手にリンが右手を重ねる。美人でやさしいリンに童貞はイチコロ。「自分で行ってみい」と言うのだから、周作は朝日町が空爆されたことを知っている。, すずがくれた茶碗をテルといっしょに喜ぶリン。このときはもう死ぬつもりでいたのだが。, リンの髪ががれきにへばりついてる。リンドウの茶碗は割れていた。恋の象徴である二葉館がイメージで再生した。, 秘密とゼイタクについては後述。リンが死んで嫉妬心から解放されたので、水原を吹っ切ることができる。, 自分が選ばれたのはリンより先なのだから、自分はリンの代用品ではないと納得した。あと、すずは発達障害だからかスキンシップに弱い。, 鉛筆はすずのコミュニケーションの道具で、紅筆はリンのコミュニケーションの道具だ。桜の木の上ではリンは紅筆のかわりに自分の指を使ってすずの唇に紅を引いた。, すずは「べっぴん」である。こんなところですずに口紅をつける理由はないのだから、リンはすずの美しい姿を自分に見せろと言っている。, 空襲があったのは20年7月、この回は20年10月なので、リンの死体は夏場に三ヶ月も放置されて白骨やミイラになっていたのです。「キレイな死体」には「美女の死体」と「美しい死体」の二通りの意味があるのです。リンは美女だから死体は美女の死体で、美しい死体でもあるのです。みんなに気づかれることなく、どんな状態になっていてもなのです。すずは瓦礫にへばりついた髪を手に取り、それを美しいと感じたのです。すずの不謹慎なぜいたくは、敗者を憐み愛おしむことだったのです。, すずは「ごめんなさい」と言うわりには悲しんでもあやまってもいないのです。友だちが死んだのにゼイタクだと言うのです。なぜならすずのゼイタクはリンが死んだことだからなのです。すずはリンの死を喜ぶことを不謹慎だとは思っていないのです。嫉妬が消え、これでやっと仲良くなれるという同性愛的関係や、敗者への憐れみ愛おしみが手に入ったのです。, だれがどう見ても「ゼイタクな事」は「秘密は無かった事になる」だが、すずの「これはこれで」は「人が死んだら」のほうだったのです。, 足元に割れた茶碗があるのです。たぶん青丸の部分なのです。この日は空襲警報があったから、リンは逃げようと思えば逃げられたのです。すずは立ったまま見下ろしているのですが、これで察したのです。見下ろされるリンは敗者なのです。, すずは茶碗の破片を回収して左手に持っているのです。すずは本物、リンは茶碗の周作を手に入れ、リンは死んでその秘密を守るはずだったが、すずは茶碗の周作までリンから奪ったのです。リンのことは好きだが生きていたらジャマだから、死んでくれたら友だちでいられる、リンは死体でもキレイだからオッケーなのです。イメージの二葉館が恋の復活を告げるのです。, 破片を回収中なのです。リンからなにもかもむしり取り、死んでも自分だけを見ろと言っているのです。すずさんは基本的にはやさしいのだが、恋の鬼なのです。, 桜はリンの象徴で、満開の花はすずへの想いをあらわすのです。リンの姿はふだんのものだから、彼女の想いを絵にしたものなのです。仲良くしても、ふたりの想いの形は違うのです。, リンはこのまんがを通じてほとんどすずの右にいるのです。カラーページにいちばん近いこのコマがリンの自尊心を端的に描いているのです。, "I love you best when you are sad"なのです。このゲームのメッセージもいつのまにか変えやがったのです。, アニメはおなじ構図に見えて、ふたりの距離、表情、視線となにもかもが違うのです。すずが茶碗の破片を回収したことにスタッフが気づき、全力でふたりを遠ざけた結果、このようになったのです。, ChaldeaGeckoさんは、はてなブログを使っています。あなたもはてなブログをはじめてみませんか?, Powered by Hatena Blog

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